登山でトレーニング〜飯縄山
走ってばかりではつまらないので(笑)、夏を中心に登山もするようになった。とにかくひたすら体力錬成、そして心肺機能の強化である。
登山は、ダイナミックな景色を楽しむことができ、かつ、山頂を征服する達成感も得られことから、トレーニングにはもってこいである。加えて、何と言っても食べ物飲み物が美味い。
最初に紹介するのは、長野市民の憩いの山。心の故郷。いつも見守ってくれている母なる山、
飯縄山(いいづなやま)である。標高1,917m。ひ、く、い、な、と覚える。戸隠山、黒姫山、妙高山、斑尾山とともに北信五岳の一つに数えられ、長野市中心部から北北西に10kmほどのところに位置する信州百名山である。
名称の由来は、「飯砂(いいずな、飯のように食用となる砂)」。これは菌類・藻類などの微生物の複合体「テングノムギメシ(天狗の麦飯)」を指す。現在は絶滅しているという。
古くから山岳信仰の霊山であり、飯縄権現を祀り足利義満や上杉謙信、武田信玄、徳川家康らの武将の尊崇を得ていた。上杉謙信の兜の前立が飯縄権現像であるのは有名である。
かつて有料道路だった戸隠バードライン沿いにある長野カントリークラブの反対側に、最もポピュラーな南登山口があり、ほとんどの登山者はここから登っている。
長野市内の小学校では、5年生の時に高原学校という2泊3日の行事があり、その2日目に飯縄山登山がプログラムされているため、ほとんどの長野市民が飯縄山への登山経験を持つ。それは、ほとんどの長野市民が初めての本格的登山をこの飯縄山で経験しているということを意味する。まさに、飯縄山は大人への一歩を導いてくれる母なる山、心の恋人なのである。
登山道に、1番の不動明王に始まる13体の石仏が点在するのもいい。道しるべとしても、休憩ポイントとしても、こういった区切りが存在するのは気持ちのサポートになる。ただ、配置が距離的な均等を保っていないのがミソで、それもまた愛嬌があっていい。
最後の石仏が終わると、森林帯を抜けて山頂までの視界が開ける。そこから先が、踏ん張りどころで、心肺にもかなり負荷がかかってくるのである。初めて登った小学5年生の時の印象は、「登山とは何というキツいものなんだろう」というもの。山頂までのラストの登りの辛さが本当にいつまでも心に残っている。
今でこそ、フツーに(それなりにはキツいのだが)登れるが、登山というものを年に一度しかしない子ども時代は、そんなものである。
コースタイムでは、登山口から山頂まで登りが2時間30分、下りが1時間30分ほど。そこを、1時間30分で登る。まずまずのペースである。私のラン友で高校の同級生M院長などは、1時間で登ってしまう。山という山には、そんなトレーニング目的の強者が必ずいるので気をつけていないとビックリしてしまう(笑)。
さて、私はいったいこの飯縄山にこれまで何回登ったのであろうか。
正解は、
「数え切れないほど登った」
である。本当に数えられない(笑)。
少なくとも、小5の高原学校、南堀神楽保存会の合宿で小6前後に2回、高校時代、大学時代、妻と、妻と子どもたちと、子どもと親戚の子たちと、会社の後輩と、マラソンの練習で3回ほどと、まあ10回以上は登っている。
そしてついに先日、平成最後の年、1月の13日、真冬の飯縄山に登頂してしまったのである。
初の本格的な冬山経験もまた飯縄山。
何という母親っぷりであろうか。