なぜ私は毎日走っているのか。フルマラソン・サブ4(サブフォー)への道

50歳を過ぎた普通のサラリーマンが、ある出来事をきっかけに毎日走り続けるそのモチベーションの数々。

初のフルマラソン、第17回長野マラソン。

本日は2月4日、立春である。
長野の朝も、雨上がりということもあって気温6℃と立春にふさわしい穏やかさで、手袋が要らないほどの暖かさであった。
手袋が要るか要らないかの気温でハッと思い出したのが、毎年4月中旬に開催される長野マラソン。ちょうど朝8時30分のスタート時間は、毎年こんな感じだったなー、と、濡れたアスファルトの路面を見ながら思わず背中に緊張が走る。
平成27(2015)年4月19日(日)、私は、自身初となるフルマラソンを、無事に走り切った。
制限時間5時間という市民ランナーにとっての高いハードルがあり、完走そのものにそれなりのバリューがあるこの長野マラソンで、初めての挑戦で見事に完走をした。ケガもなく無事に、である。本来それだけでもものすごく喜ばしいはずなのだが、ゴール後は素直に喜べなかった。なぜか。
その時素直に喜べるような謙虚な心があれば、現実の結果よりももっと速い記録が残せたのではないかと思う。謙虚になれなかったのは、目標としていた4時間切りができなかったからである。
いきなりは無理だろ。
できなくてもいーじゃん。
と、普通の受け止めとしてはそのような反応なんだろうと思うが、なまじ練習が順調に進み、前月初めて走ったハーフマラソンでいきなり2時間を切るタイムでゴールできてしまったことにより、周囲の友人たちから「その調子ならフルで4時間切れるんじゃね?」という内容の、私への期待と激励の言葉を次々ともらったことで、私自身も「もしかしたらマジで4時間切れるかも!」と本気で思ってしまっていた。
はっきり言うと、天狗になっていたのである。
もちろん、長野マラソンそのものが楽しくなかったわけでもなく、フルマラソンを完走したことを喜べなかったわけでもない。
歴史と伝統あるマラソン大会に初めて参加して、それを「ゲートの内側から眺める」感動たるや、他に似たような高揚感を味わえる経験が見当たらないほどである。テンション上がりまくりのアドレナリン出まくり状態である。
スタッフ一丸となった運営の淀みなさ、ボランティアの方々の人数の多さとその献身的な働きぶりと心遣い、そして沿道から応援してくれる皆さん、その全てが非現実の別世界。なんとも言葉だけでは表せない感覚。
とにかく高揚するのである。
楽しめるのである。
それは走るツラさも含め、何もかもがいいのである。
レース後半、特に35km過ぎ、ラスト1km、苦しくて苦しくて、この苦しみはいつまで続くのか〜〜〜〜っ! という心の悲鳴こそあれ、もう2度と走るもんかという気持ちは全くない。それもよし。全てが楽しみの一つなのである。
沿道で応援してくれている知人を見つけては、手を振る、ハイタッチする、ハグする(笑)、記念撮影をする(笑)、などなど、走っている間、特に前半は、夢見心地である。それなりの練習を積んでいるので、脚も軽やか。全く苦しくもない。
緑のジャンパーでボランティアをしている会社の後輩夫婦、仕事としてスタートゲートを設置し、ゲート近辺に待機している高校同級生、主催新聞社のイベント担当部長の同級生や、沿道で応援してくれている会社の先輩後輩、食堂を営む親戚のご家族、義父母、義妹夫婦、会社の取引先の部長さん、高校後輩の市議会議員、さらには同走の同級生や会社の同僚たち、応援してもらえることが嬉しくて嬉しくて仕方なく、とにかくタイムそっちのけで精一杯応えるほか選択肢がないほど(笑)、全身全霊で嬉しさが爆発している自分をアピールさせていただいた。
楽しかった〜。
ターニングポイントは、17km地点のオリンピック施設Mウェーブを越えたあたりから20km地点の五輪大橋であった。
ランナーの間隔が完全に開くこの辺り、ハーフ地点前後からペースを上げて、スタート直後のラップのもたつきを挽回する作戦であったが、上がったのは数キロのみ。それ以上、どういうわけかペースが上がらない。
そして気づくと両脚に痛みが。
激しい運動の2日後に現れる筋肉痛が、突然両脚に存在しているのである。17km辺りからこまめに補給をし、用意していたアミノバイタルのジェルを口にしても、なかなか脚が前に出る感じは戻ってこない。
あれよあれよと30km。
ラップはここからガクっと落ちる。
想定のキロラップから1分遅れのペース、ここからの10kmでちょうど10分遅れてしまったことになる。
35km過ぎからは本当にツラかった。
最後の橋を渡り、右に折れてからは向かい風。とにかく前に進まない。脚が痛い。苦しい。
頭では「このまま止まらずに前に進みさえすれば必ずゴールがやってくる」とわかってはいるのだが、真剣にそれを疑う。
本当にこの先にゴールはあるのか?
本当にこのまま進めばゴールに辿りつけるのか? 
印象的だったのは、脚が攣って立ち止まっている人が多いということ。反面、涼しい顔をして前行く人をドンドンかわして進んでいく人も多いということ。年齢性別体格は関係ない。
当然、4時間切りは無理であることを悟っての走りである。悔しいというよりも天狗になっていた自分が情けない、恥ずかしいという気持ち。これ以上恥ずかしい思いは絶対しないぞというある意味意地のようなものでがんばったラスト数キロだった。
家族のことも頭に浮かんだ。
「どうだ! お父さんは初マラソンでこんなにいい記録で走ったんだぞ!」と言うことが叶わない。
「スゴいですね、松宇さん!」と会社関係の人に褒められることもない。
「やるなー松宇!」と同級生たちに讃えられることもない、と、思い込んでの(当然そんなことはなかった)とにかく傷心のランであった。
実際は、それらの全ては恥ずかしくもあくまで私自身の尺度での評価であり、それが社会からの評価と必ずしも一致するものではないんだということ。むしろ、大きくズレていることの方が多いんだということ。それをある程度冷静に受け止めることができるようになったのは、やはり川内優輝選手と出会ったあの夏の日から毎日走り続けるようになったからであろう。
ゴール後、ゲートで待っていてくれた小学校からの同級生N君たちの心遣いは、なんとも言えず嬉しかった。
「お疲れーっ!」
まさに、全力を尽くした後のランナーとランナー。これぞスポーツマンシップだと心から感動した。
そして私はここで、「来年こそ、必ず4時間を切ってみせる!」と心に決めたのである。完全にフルマラソンに心を奪われた瞬間であった。
 
グロスタイム4時間24分40秒
ネットタイム(参考)4時間16分31秒

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感動のゴールシーン